Malignant: How Bad Policy and Bad Evidence Harm People with Cancer
邦題)悪いがん治療: 誤った政策とエビデンスがどのようにがん患者を痛めつけるか
Vinayak K. Prasad 大脇幸志郎(訳)
(書評)
今回は論文ではありません。また日本語訳を元に感想を述べています。この本は現在のがん薬物療法、特に臨床試験に関する問題点を中心に述べています。一般向けに書かれていますが、専門にやっている人間でないとすべての理解は難しいかもしれません。全体に2つの大きなテーマが扱われており一つは製薬会社と医師あるいは許認可側(この場合はFDA)とのCOI、もう一つは代替エンドポイントでの効果判定についてです。
著者はエンドポイントとして全生存期間を使うべきであると主張しており、奏効率や無増悪生存期間を使用することによる弊害と、特に実地臨床でRECIST PDでの治療変更について警鐘を鳴らしています。
「進行という言葉が120%の成長を意味する限り、どんな薬を使ってもいずれは進行する。だから、薬の切り替えに意味があるのは、新しい薬の方が古い薬よりも成長を遅くする作用が強いときだけだ」(第10章 がん治療の原則より引用)。
また初回治療に対して代替エンドポイントが多用されるのは、スピードだけでなく市場が大きい、つまりより売れる可能性があるからと辛辣です。
もう一つのテーマはCOIですが、まず「経済的利益相反の研究は、ほかのどんなことをするよりも友達が増えない」(第6章 経済的利益相反より引用)と多少自虐的です。著者は医師と製薬企業が利益相反にまみれており、団体としての研究資金は良いが個人に直接支払われるものは全面的に禁止すべきと主張しています。現在行われている利益相反の開示では意味をなさない、学会などの専門組織は企業との関係を終えるべきだと厳しいです。また患者代表組織も企業支援を受けるべきではなく、また臨床試験の遂行・解析を行う人々も利益相反があってはならないとし「企業が試験に出資する現行のシステムは、営利企業が試験を計画し、遂行し、データを解析し、論文を書き、結果を報告するというもので、嘆かわしいほど問題がある」(第7章 経済的利益相反の害と、医学をリハビリする方法より引用)との認識です。私もCOIは表示すればそれでよいのかと思うし、少なくともガイドライン作成はCOIの全くない人(実在するかどうか知りませんが)がすべきと思っています。しかし現実には難しいので臨床試験結果を自分なりに眺めることで平衡を保っているつもりです。
批判一辺倒ではなく、承認機関、医師、患者、にもそれぞれ処方箋を示しています。特に患者、医師に向けた最後の2章は非常に示唆に富むので多くの人に読んでもらいたい内容です。患者には「提案した治療を最善と考えるのはなぜか、その医師には説明できるだろうか」と問い、「提案された治療の理論を支持する研究はどういったものか?他の治療よりもそれが優れていると言えるのはなぜか?そしてどれくらい優れているのか?」(「第15章 がんを持つ人には何ができるかより引用)と聞いてみることを勧めています。私も治療を勧めるときに少なくとも初回治療や2次治療については明確に説明できなくてはダメだと思います。また私たち医師には、主要な雑誌で報告される論文を、「1)改善したエンドポイントはなにか、2)利益の大きさはどの程度か、3)どんな患者が対象か、4)対照群は自分でも実際にしていることか、5)クロスオーバーを使うか使わないかの判断は適切か」(第16章 学生、研修医、研究員には何ができるか?より引用)に沿って本文だけでなく補足、FDAの添付文書まで読むことを勧めています。これらは自力で行い、薬の説明会や製薬企業の営業から情報を得ることは避けるようにアドバイスしています(耳が痛い)。
私は臨床医必読と感じましたが、アマゾンの書評は現在1個だけです。この本を臨床医がどう感じるか興味があります。もし読むことがあれば、感想をどこかに残していただけると嬉しいです。